【感想】木皿泉「昨夜のカレー、明日のパン」を読みました。元気が出る一冊

 本日は、木皿泉さんの「昨夜のカレー、明日のパン」という小説を紹介いたします。

見るからに美味しそうな題名だなとつい手が伸びていました。私は、食べ物の名前がついているものにとても弱いんです。

たとえ物理的に食べられるものじゃなくても、ただそのおいしそうな言葉が頭の中に流れてるだけで幸せな気分になれます。

食いしん坊なのは承知していましたが、ここまでとは自分でもあきれてしまいます。とはいってもこの物語は無論、カレーやパンについてのお話ではなかったんですけどね。

読みたいと本を手に取る瞬間はある種の貴重な出会いです。何か絶対に意味があると信じています、勝手に。

この本にもたくさんのことを考えさせられました。木皿さん、貴重な経験をありがとうございます。

ストーリー

25歳という若さでこの世を去った一樹と遺された一樹の嫁、テツコと現在も同じ屋根の下で暮らす一樹の父、ギフがゆっくりと時間をかけて一樹の死を受け入れていくお話です。血も繋がっていない義理の家族、ギフと一緒に暮らすことを選ぶテツコは何を想っているのか。

テツコの新しい恋人、岩井さんや一樹の幼馴染の虎尾と関わっていく中でテツコの心境の変化と成長が描かれています。

こんな方におススメ!

・今のままで人生終わりたくない!

・思い切って新しいことに挑戦したいと思っているがなかなか勇気が出ない

・家族に感謝を伝えたい

・明日へのエネルギーが欲しい

読みやすさ

ストーリー
(4.5)
構成
(4.5)
登場人物
(5.0)
Total
(1.0)


章を終えるごとにそれぞれの人物への理解が深まっていきます。テツコだけが主役ではなく、ギフから見たテツコの印象、一樹のテツコへの印象など別の視点で人物を捉えられるところがポイントです。現代的な背景なのでそれぞれの場面をイメージしやすいと思います。物語は、イベントが起こるというよりそれぞれの登場人物に焦点を当て現在と過去を行ったり来たりしゆっくりと進んでいきます。文中の会話も多く、難しい表現も特にないのでとても読みやすい印象を受けました。特に登場人物たちに注目して頂きたいです。

感想 -お気に入りの言葉と-

ここからは、私が物語の中で最も気に入った文章を抜き出して考えたことを素のまま述べていきます。

ネタバレもありますので、未だ読了していないという方はもう一度戻ってきて頂けると幸いです。そしてぜひ、コメントを残していってくださいね。

第四章 虎尾 無駄でもいい

本当は殺伐としてんだよ。みんな、それわかってるから、きれいに着飾ったり、ご馳走食べたり、笑い合ったりする日をつくっているのかもしれないな。無駄ってものがなかったなら、人は辛くて寂しくて、やってられないかもしれない。

自殺しようとしていた女の子を救った岩田さんの家に、向かうテツコが、ぼんやりと考えているシーンである。

私は物事に時間とお金を費やすとき、無意識に無駄か無駄じゃないかと考えてしまう。

子供の時や大学生時代は、そんなこと考えてなかったのに大人になるにつれて身に付いた技なのではないかと思う。

学生の時は、学校選びも留学も一人暮らしもサークルを選ぶときも友達と遊びに行くときも“直観”というか、余計な不安はなかった。

今はどうだろう。

こんな会社に居たくないと思い始めて何年たつだろう。

何年間、海外に行きたいと夢みているんだろう。

この文章を読んだとき、虚しい気持ちになったし自分が恥ずかしく思えた。

無駄をなくすってことは上手に生きていく上で大切なことと思っていたし働き始めて世の中に教えられたこと、と勝手に良いように思うようにしていた。

もちろん悪いことじゃない。

無駄をなくすことは、自分に時間ができるし本当に必要なものが手に入りやすくする手段となる。

でも、そうやって我慢に慣れてしまった結果、必要なものを見失ってしまうこともある。もしかしたらこの言葉、私が考えているようなことは意図していなかったかもしれない。

ただ、何となく。無駄かどうか考えていなかった昔のほうがずっとずっと自分のことが好きだったし活き活きしていたし自信があったかな、なんて。

第六章 夕子 自分の中にいる嫌な自分

もしかしたら、自分自身が死んだのかもしれないと思うようになった。

一樹の母、夕子が初めて誰かの意見に流されず連太郎のもとへ駆け出していくシーンだ。

夕子にスポットライトを当てたこの章は、私は夕子という女性に感情移入しながら読んでいた。

読み進んでいるうちに今の自分を見ている気がしてきて、なんだかもどかしいというか弱々しさを感じた。

職場内の表面上だけの人間関係にみすぼらしさを感じているも尚、ずるずる辞められない彼女。

―――――「世の中、そんなに怖くないよ、大丈夫。」

社内で唯一、人を怒れる勇気があった加藤さんが退職する手前に夕子に残した言葉だ。

彼女が一人の男への強い想いによって飛び出していったときは、柵からパンっと解き放たれた瞬間のように感じた。

才能、性格だからと片付けてはいけない。

情熱と強い想いが他のすべての感情を勝った時、人は無意識に動いているんだと思う。

失敗も不安も恐れずに。

なんだか勇気づけられた気分になり嬉しくなった。

次は、私。

第八章 一樹 大事なもの

今度こそつかまえなければ。バカみたいにかっこうつけていたら、大事なものがするりと腕からこぼれてしまう。

一樹がテツコに出会う前、子供のときのお話で、私のお気に入り。

あの時こうしていればよかったな、

なんでこんなこと言ってしまったんだろう、

後から後悔すると分かっているけど、意地とかプライドってどうしてあんなに手強いんだろう。

私は、大人になった今でも子供の頃の後悔を思い出しては悲しい気持ちになるときがある。

どんなに小さなことでも、私の心から離れず長い間刻まれている。

ひどいことを言ってお母さんを傷つけてしまったこと。

海外就職を諦めてしまったこと。

友達に仲直りを申し出ることがなかなかできずもう関わることがなくなってしまったこと。

だから、一樹の気持ちが痛いほど分かった。

一瞬の恥か、一生の後悔か。

私はもう後悔したくない。

最後に

本は、今自分が言ってほしい言葉が大きく響いてくる。

人によって捉え方は違うし、心に残る言葉ももちろん違う。だから読書って面白い。

誰にも否定されず自分流に消化できるから。

――――

この本のタイトルである“昨夜のカレー、明日のパン”はどこから来ているのか気になっていました。

それを見つけたときは心が跳ね上がるような不思議な気持ちになったのを覚えています。

しかも登場の仕方がかわいいというか、とてもほっこりする。

つい真面目で深刻風な感想を書いてしまったけれど、ギフとテツコの心温まる会話、テツコのクールさがかっこいいところ、岩井さんのちょっと焦点が外れた反応が面白いところとか魅力がたくさん詰まった一冊です。

是非、今週の一冊にしてみてはいかがでしょうか。

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